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今、改めて社会保障の今後を考える時期に差し掛かっている|中央大学ビジネススクール教授 多摩大学MBA特任教授| 真野 俊樹 先生

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今、改めて社会保障の今後を考える時期に差し掛かっている|中央大学ビジネススクール教授 多摩大学MBA特任教授| 真野 俊樹 先生

医師でありながら中央大学ビジネススクール教授・多摩大学MBA特任教授を務め、医療経済や産業構造の分析などを専門とする異例のキャリアを持つ真野俊樹先生。その出発点は、チーム医療への興味でした。早くから医療ツーリズムに着目するなど医療・介護を俯瞰して先を見通す見識を持つ真野先生に、これまで歩んできたキャリアとこれからの展望をうかがいました。

中央大学ビジネススクール教授 多摩大学MBA特任教授
真野 俊樹 先生

1987年名古屋大学医学部卒業 医師、医学博士、経済学博士、総合内科専門医、日本医師会認定産業医、MBA。臨床医、製薬企業のマネジメントを経て、中央大学大学院戦略経営研究科教授、多摩大学大学院特任教授、名古屋大学未来社会創造機構客員教授、藤田医科大学大学院客員教授、東京医療保健大学大学院客員教授など兼務。出版・講演も多く、医療・介護業界にマネジメントやイノベーションの視点で改革を考えている。

マネジメントを学んだことでチーム医療へ興味を持つように

私は医療経済や医療経営の分野を専門としていて、マクロの視点で医療や介護分野を俯瞰して研究しています。最初からこの分野を志していたのではなく、学生時代は臨床医を目指していました。

医療経営などに興味を持つようになった理由はさまざまですが、その一つに学生時代のマネジメント体験があります。学生時代は、合唱団の団長として30~40人の団員をまとめていました。そこで、大人数をまとめるためのマネジメントを学びたいと思い、経済学者のピーター・ドラッカーをはじめとする本を読みあさったのです。このときのマネジメントの知識は、後にチーム医療への興味へとつながっていきました。

こうしてマネジメントを独学で学びながら、卒業後は内科医として臨床医のキャリアを歩み出しました。今でこそ当たり前ですが、当時としては珍しいやり方として、名古屋大学は卒後医局ではなく市中病院に研修へ行くのが一般的でした。そこで糖尿病や内分泌の分野を中心に、市中病院で研修を受けました。

その後も内科医としてキャリアを築いていく一方で、自分の中で「もっとチーム医療を実践したい。実際の患者を診ながら研究がしたい」という思いが強くなっていきました。もともと内科を専攻した理由は、研究もですがチーム医療がしたかったからです。しかし、当時は臨床の病院では少しずつチーム医療が根付きつつあったものの、国立大学ではまだあまりそうした概念は浸透していなかったのです。

そこで、よりチーム医療を実践するために名古屋大学に関連が強かった藤田医科大学(当時は藤田保健衛生大学)の大学院に入りました。そこは糖尿病や骨粗しょう症などの患者が多く、医療だけではなく栄養なども関係する臨床研究をやっていたため、よりチーム医療を実践できる環境があったからです。

留学してフラットな立場で多くの人と交流し、幅広い視点で医療全体を見るように

その後、アメリカに留学する機会がありました。留学先は、ニューヨーク市マンハッタンにあるコーネル大学医学部でした。医学部以外の留学ならば、都会に留学することが多いと思います。これに対して医学部の留学は、場所ではなく学びたい師匠についていくため、地方に行くことが珍しくありません。私の場合は、たまたまコーネル大学医学部に学びたい先生がいたため、医学部の留学としては珍しく都会へいくことになりました。

留学先では、愛知県人会のような集まりを通して他分野の人と交流する機会が非常に多くありました。そこでは、日本での交流とはまったく違う交流を経験することができたのです。例えば、私は臨床薬理の分野を研究していたので、それまでも比較的製薬企業の人との付き合いはありました。しかし、日本での製薬企業と医師との交流は、当時は接待なども伴っていたことから必ずしも対等なものではありませんでした。

一方でマンハッタンでは臨床研究や開発部門の人が多いため、完全に対等で、フランクな関係性になります。また、私が所属する研究室の隣の研究室には日本人の教授がいて、そこへ出入りする日本の製薬企業の人とも交流することができました。

このように社会性がある環境の中で多くの人と議論し、私はそれまでよりも幅広い視点で医療全体を考えるようになっていきました。同時に、医療制度などに対する興味も強くなりました。薬理学といっても、臨床研究であれば医療制度にも精通している必要があったからです。そして、チーム医療や医療制度への興味などを現地にいる日本人教授に相談したところ、勧められたのが製薬企業に入ることでした。教授は「製薬企業に入れば世界の医療制度が分かるし、何よりも世の中の仕組みを知ることができるから面白いのでは」と勧めてくれたのです。

また、企業に入ればMBAを取るための費用を助成してくれるなど、働きながら勉強できる環境もありました。そこで、東京に本社があったファイザーに入社し、その後も民間のシンクタンクで医療マーケティングの仕事をするなど、臨床医とは異なる道を歩み始めたのです。

このように私自身の経歴は、最初から医療経済や公衆衛生などを目指した先生方とはかなり様子が異なります。医療経済学の教室などに入ってそのまま研究を続けているのではなく、かなり遠回りして、いってみればアウトサイダーのような形で今のポジションに至りました。教えを仰いだ先生はもちろんいますが、どちらかといえば現場で試行錯誤しながら、独学に近い形で学んできたのです。

早くから医療ツーリズムや患者と医師のパートナーシップなどに着目

今現在は、中央大学大学院の専任教授をしながら多摩大学の特任教授、名古屋大学や藤田医科大学などでも客員教授を務めています。専門分野は、医療マーケティングと産業構造分析の2本柱です。メインは文系の大学ですから、あまり医師が教授になるような場所ではないところに籍を置いているともいえます。

私と同年代でも医療経済・医療経営などを研究している学者はいますが、多くは特定の研究室や特定の先生などの下で研鑽を積んでいると思います。私のように臨床からスタートして製薬企業やシンクタンクなどを経験し、学者として身を立てているケースはレアケースといえるかもしれません。
 
研究のスタート時点で興味を持ったのがチーム医療だったことからも、今でも関心があるのは医療関係者と患者との関係性です。最近でこそ少しずつ変わりつつありますが、日本では医師と患者の上下関係のようなものがずっと続いており、私はそこにややいびつなものを感じていました。そこでシンクタンク時代から、医療関係者と患者の関係性を研究してきたのです。医療関係者と患者の関係性は、経営学で見ればマーケティングになります。

産業構造や医療マーケティングを中心に研究してきましたが、最近になって、私が以前から主張してきたことが現実のものになるケースが出てきました。例えば、医療ツーリズムです。医療ツーリズムに関しては、2009年に「グローバル化する医療: メディカルツーリズムとは何か」という本を出版しました。しかし、この本を出した当時は、かなり「日本にはなじまないとか、金儲け」といわれてかなり批判されたのです。

ところがあれから10余年が経ち、今ではインバウンドで医療ツーリズムに注目が集まっています。それでも、賛否両論あるかとは思いますが、海外の富裕層をターゲットにした医療ツーリズムは政府も力を入れ始めていて「経済財政運営と改革の基本方針2023」(骨太方針2023)では、「医療ツーリズムの推進」という言葉が盛り込まれました。

医師と患者との関係についても、近年は共同意思決定 (Shared decision making:SDM)や「患者・市民参画(Patient and Public Involvement:PPI)」という考え方が浸透し、医師と患者がパートナーシップを組んで治療する流れになりつつあります。

マーケティングの分野では最終的な消費者や受益者を中心に考えますが、医療にもこうした考え方が浸透してきていることが分かります。つまり、図らずも私が予想してきたことが、それほど的外れではなかったことが証明されつつあるのです。

深刻なドラッグ・ロス、国内未承認薬176品目のうち95品目はそもそも「開発予定なし」

最先端の医療技術が開発される中で、社会保障の行方も重要な課題です。技術開発が進めばより良い治療ができるようになる一方で、そうした治療は高額です。医療は社会保障なので、貧しい人を切り捨てることはできません。その反面、高額な治療がどんどん登場する中で、どこまでを社会保障で賄うべきかというのは重要な議論です。

今まさに問題になっているのが「ドラッグ・ロス」です。以前は海外で承認された薬が、日本で承認されるのが遅い「ドラッグ・ラグ」が問題になっていましたが、今は海外で使われている薬がそもそも日本では承認申請すらされないドラッグ・ロスが深刻になっています。日本製薬工業協会の調査では、2020年末時点の国内未承認薬は176品目で、このうち欧米に送れて承認される見込みが81品目、そもそも日本では開発されていない医薬品が95品目に上ります。

治験の手順が煩雑であったり薬価が低いなど、日本の市場が海外の製薬企業からみて魅力が薄れているため、そもそも日本では承認申請すらなされない薬が増えているのです。こうした現状を考えると、やはり保険制度を今後どうしていくかを改めて考える時期にきていると感じます。もしも高額な治療も保険で賄うならば、プライマリーケアの一部は自費にするなど、方法はさまざまですがいずれにしても何らかの変化が必要です。

だからといって混合診療が良いかといえば、すべてを混合診療にすると貧富の差が医療に影響してしまいます。お隣の韓国などは、例えば開腹手術で胃がんを治療するのは保険でカバーしますが、ダヴィンチを使って治す場合は自費になります。ここまでいくと行き過ぎにも感じますが、飛行機ならばエコノミークラスとファーストクラスがあるように、医療にも選択肢が複数あるのは合理的です。

かつて私が医療ツーリズムを提言したときと一緒で、やがては社会保障についてもこうしたことを本気で議論する時代が来ると思います。 今、特に若い医師と話していると、こうした発想に賛同してくれる医師が多いことに驚きます。若くてビジネスマインドを持つ医師ほど、社会保障制度の未来を真剣に考えているのかもしれません。私自身は今後も医療マーケティングと産業構造分析の2本柱を中心に、さまざまな観点から医療分野への提言を続けていけたらいいと考えています。

(取材・文 医療ライター 横井かずえ)

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この記事を書いた人

横井 かずえ

医療ライター。医薬専門新聞社『薬事日報』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2014年に独立。現在はプレジデント、講談社・コクリコ、ドクターズマガジン、m3.comなどで幅広く執筆。共著『在宅死のすすめ方 完全版』(世界文化社)。取材してきた医師、薬剤師、看護師は500人以上。

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